ネオ・ブルジョア

我々の親世代が高校寮と言われてイメージするのは、日生学園、PL学園野球部などをはじめとする内部規律の強い寮であろう。その内部規律の強さは、しばしば少年院を引き合いに出されることからも、凄まじいものであったことが容易に想像される。反対に、我々の世代の高校寮のイメージは「仲間と団結できる!」「楽しそう!」、なかには「親元から離れて自由に暮らせる(ユートピアじゃん)!」など、ポジティヴなものであることも多いであろう。少なくとも、(特定の部活の寮を除くと)いわば「監獄」と称されるような内部規律を有する寮が現存すると思っている人は、少ないに違いない。

 恋愛禁止、携帯・ゲーム類禁止、パソコン1日15分、連絡手段は公衆電話、7時起床・12時就寝、17時半門限、朝晩の集会強制参加...。このような寮は、皆さんが気づいていないだけで、当事者にとってはそれが当たり前かのごとく存在する。

 本稿は、私の高校時代の寮生活の日常をありのまま描写するだけの、シンプルなものとなっている。誇張をするわけでも、何か高尚な自説を展開するわけでもない。そのため、私が本稿を書くきっかけとなった喫煙所での会話のように、休憩がてらに軽く私の話を聞いているつもりで読んでいただけると幸いである。

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 「起床時間です」。すぐさま、爆音。  

 これが、高校時代の一日の始まりであった。

 私の寮では、7 時20分から朝の集会が行われる。全員出席が義務づけられているため、全員を強制的に起こす装置として放送が使用される。1カ月に1回のペースで回ってくる日直が、放送を使って起床時間を知らせる。ルールは、7 時に「起床時間です」と伝えた後、点呼が始まる7 時13分まで音楽を流すというシンプルなものだ。もっとも、ここで問題となるのが、その音量である。多くの高校生男子の目覚めなどよいはずもなく、生半可な音量の音楽を流すのでは足りない。むしろ、睡眠を促進する可能性すらある。ポイントは、「寝つづけるのが不快である」と思わせる程度の音量にすることである。これに失敗し、小さい音量にすると執行部に怒られ、あまりにも大きい音量にすると恐い先輩たちから睨まれるのだから、たまったもんじゃない。

 7 時13分、点呼が始まる。寮生は13グループに分けられており、点呼は13グループから降順になされる。各グループ長が、グループ員が集会所にいるか確認し、全員いるのを確認できたら「全員います」と執行部に伝える。確認できなければ「〇〇」と呼び、その人がいるか確かめる。点呼に遅れた場合、連絡事項の確認の際に、集会の進行を遅らせたことを謝罪しなければならないという、暗黙のルールが存在するため、遅れることはできない。もっとも、大多数の寮生が1秒でも多く寝ていたいので、「いかに点呼ギリギリに集会所に入ることができるか」が重要となってくる(例外として、6時から集会所の場所取りをする「ごうちゃん」という人物がいたのだが、彼については後の機会に触れることとしたい)。私は寮で5本の指に入るほどこの技術に長けていたため、3年間で点呼に遅れたことは1度たりともなかった。

 点呼を取り終えた後、集会が始まるのだが、この集会はなかなか特殊である。この集会を説明するためには、私の高校の説明をしなければならない。私の高校は、仏教系の私立学校であり、学生の大半は信仰者である。そのため、集会でも宗教活動が行われる(もっとも、非信仰者もいるため、これは強制ではない)。集会の進行は次のようになっている。まず、司会の執行部の第一声があり、次に宿直の先生を中心にいわゆるお題目をあげる。その後、宗教団体の機関紙の特定の箇所の読み合わせが行われる。この読み合わせに際し、執行部が「音読希望者!」と呼びかけるのだが、これに寮生は全力で応じる。具体的に言うと、拳を斜め45度上に突き上げながら、「はい」なのか「あい」なのか「おい」なのかよく分からない男子特有の返事をするといったものだ。読み合わせが終わると、先生からの話、連絡事項の確認があり、最後に寮訓を全力で叫び、集会終了である。なお、言い忘れたが、集会所では裸足・半ズボンは厳禁である。集会所といっても、宗教的色彩を帯びたものと捉えられているからである。もっとも、ある日ストレスでおかしくなった先輩が、真っ裸で寝そべりながら頭だけ集会所に入れて、「足はつけていないからセーフだ!!」と訴えていたときは、余りにも可哀相すぎからなのか誰も何も言わなかった(言えなかったのかもしれない)。

 集会を終えてからは、寮生各人がそれぞれの予定に合わせて動くことができる。大多数はそのまま食堂に行き朝食を食べる。朝食はバイキング形式となっており、寮生のわずかな楽しみの1つである。バイキングといっても名ばかりで、おかずの個数は決まっているし、味もおいしいというわけではない。しかし、ご飯のおかわりが自由であるため、食べ盛りの高校生にとっては助かる。ちなみに、宿直の先生の中には、元寮生がいるのだが、その先生たちの話によると、昔の食事は非常に貧相で、寮の敷地内に生えている草を食べて飢えをしのいでいたらしい。その衝撃の事実を知ったときから、(私を含め)現在の寮の食事に文句を言う者はいなくなった。

 朝食を食べ終えると登校することになる。もっとも、寮は学校の敷地内にあるため、登校といっても学校内を移動するだけである。本稿では学校生活については省略させていただくこととする。

 さて、下校時間となり寮に帰ると、すぐ夕食をとる。私の高校の生徒はそのほとんどが部活に入っており、帰寮時間は6 時40分くらいになるのだが、夕食の時間は7時20分までとなっている。夕食の後は、掃除時間、そして夜の集会となる。

 夜の集会は7時40分に始まるのだが、朝の集会と形式はほとんど変わらない。夜に追加で行うことは、寮歌の合唱である。寮生の誇りである寮歌は、当然全力で歌わなければならない。もし手を抜いて歌うようなことを繰り返していれば、執行部からお叱りを受けることとなる。ここでも若干情報を補足すると、集会では、だいたい寮生が座る場所が決まっている(指定されているわけではなく、自然にそうなる)。大別すると、前方に座る組(前述の「ごうちゃん」をはじめとする)、後方右側に座る組、後方左側に座る組である。後方右側に座る組は「右翼」、後方左側に座る組は「左翼」と呼ばれている。「右翼」「左翼」はその構成員に特徴がある。「右翼」は運動部の強面の先輩から成り、「左翼」は外部受験組(私の高校は大学に内部進学ができるため、外部受験をする人は少数である)かつ寮の体制に冷めた目を持っている人々から成る。呼称はただ単に座る場所だけを理由につけられたものであったのだが、寮の体制に迎合しない人々が「左翼」を構成しているのは、自然の摂理を感ぜずにいられない。私は、この分類のどれにも属していなかったが、真ん中よりやや後方右側に座っていたため、あえて呼ぶなら「中道右派」だったのであろう。

 「右翼」「左翼」の話をしたついでに、ここで寮生の分類も行うこととしよう。まず、最も大きなカテゴリーとして、「中学内部組」「高校外部組」である。私の高校は、中高一貫校(正確には、小中高大一貫校)であり、中学受験をして入ってきた組=「中学内部組」と高校受験をして入ってきた組=「高校外部組」とに分かれる。ここまで高校寮生の話しかしてこなかったが、実は私の寮には中学寮生と高校寮生が一緒に暮らしている。そのため、「中学内部組」は、「高校外部組」が入寮した段階ですでに3年間寮に住んでいることになる。ちなみに、この分類のもとでの私の立ち位置は非常に微妙である。私は学校内においては中学受験組ではあるのだが、中学校のときは通学生で、高校から入寮したからである。もっとも、中学校時代から寮生とは仲がよかったため、純粋な「中学内部組」の面々から、実質的な「中学内部組」と承認されていたように思える。この「中学内部組」と「高校外部組」の関係であるが、「高校外部組」が入寮した当初は、だいたい分断されている。「中学内部組」の関係性が深いためにどうしても集まってしまうというのもさることながら、彼らが高いエリート意識をもっていることも原因の1つであろう。私の中学校は、一般生徒の入試の倍率が約8倍ある(今は下がっているらしいが)のだが、その中でも寮生の倍率は格段に高く約25倍なのである。それに対し、高校の倍率は約3倍、寮生の倍率も約3倍といったものである。そのため、「中学内部組」は、「高校外部組」よりも優秀だという自負がある。とはいえ、高校での3年間の共同生活を経て、分断はなくなっていく傾向はあるのだが、卒業まで完全に解消されないケースも少なくはない。

 夜の集会が8時15分に終わると、そこから2時間の学習時間となる。学習時間には、宿直の先生の見回りがあり、勉強をしているかどうかのチェックがなされる。学習時間が終了した後は、11時50分まで自由時間である。自由時間の使い方だが、だいたいの寮生はそこでお風呂に入りにいく。お風呂は大浴場であるため、そこで寮生は至福のひとときを過ごす。もっとも、お風呂は11時までであり、学習時間が終わってから45分の猶予しかない。お風呂から上がればその後は何をしてもよいのだが、11時40分に部屋の電気が消される。11時40分が過ぎれば、歯磨き等々の時間となり、12時に就寝となる。この就寝時間の違反は、厳格に取り締まられる。就寝時間がすぎれば、執行部・宿直の先生が各部屋を巡回し、違反者の存在に目を光らせる。当然これに例外は認められない。「トイレに行きたい」と言っても「就寝時間までに行けたよね?」「明日の朝5時くらいにすればいいんじゃない?」と返される。どうしても我慢できない場合は、まさに脱獄をするかのような覚悟をもって、監視の目をかいくぐってトイレに行く形になる。もっとも、自身が最上級生になれば、執行部は同級生(執行部は最上級生が務める)なので、トイレぐらいであれば許容される。また、執行部との力関係によっては、テスト前にテスト勉強をすることも許される。例えば、私の場合だと、直前詰め込み型のテスト勉強をしていたタイプだったので深夜にも起きていたのだが、執行部に何か言われたとき、成績マウントをとる(決め台詞は「お前の成績とるだけなら今寝ても余裕なんやけどな!」だ)ことで何も言わせなくするという最強最悪の手段を行使していた。今振り返ると、我ながらなんて性格の悪いやつなんだろうと思うが、若気のいたりなので、読者の皆さんには大目に見てほしいところである。

 以上が、平日の寮生活のスケジュールであるが、最後に紹介していないルールを補足しておこう。まず、クラブ等特別な事情がない限り、門限は平日18時半、休日17時半である。そのため、友達と外で夕食を食べるなんてことは不可能である。当然、学園祭後の打ち上げ(学園祭自体ないのだが)、夏祭りなど、甘酸っぱい青春の香りが漂うイベントなんて経験したことがない。次に、携帯をはじめとする電子機器の禁止である。例外として、iPodやWALKMANなどの音楽機器は認められているのだが、iPod touchなど携帯の代わりになり得る機能がついたものの場合、それらの機能がロックされる(寮長がいったん回収し、パスワードをかける)。また、共用のパソコンが食堂に置いてあるのだが、人数に比して少なすぎるので、一人が使えるのは1日15分といった制限がある。このように連絡手段が封じられているため、親との連絡は公衆電話を使うこととなる。親と電話をしたいときは家の電話にワンコールだけかけて、親から寮の電話に折り返してもらうというのが、通常である(公衆電話だと長電話できないため)。なお、寮の電話は、日直が放送で知らせる形になっている。そのため、寮生にプライベートなんてものはない。もし女子から電話がかかってこようものなら(残念ながら私は一度もない)、ご丁寧に「○○さんからお電話が来ております!」「女の子からお電話が来ております!」と放送される。まあ、この寮に住んでいれば、「寮生のプライベート」なんていうのは、そもそも形容矛盾だと思わざるを得ないのだが。

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 本稿は、寮生活の日常に焦点を当てた。そのため、やや平板な文章にとどまってしまったがために、どれだけ読者の興味を引くことができたか疑問の残るところである。後編では、イレギュラーな出来事を紹介し、寮の楽しさ(異常さ)を知ってもらえるようにしたい。少しだけ説明すると、「笑いに命を懸けられなきゃ寮生じゃない!半年に1度の寮生大会」「衝撃のラッキョウゼリー事件」「謝恩祭・卒寮式―寮生にしか味わえない感動―」など、イベントごとに紹介する形にしようと思う。乞うご期待!

―不自由さの中にこそ真の連帯は生まれる―

ネオ・ブルジョア

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